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「東條英機の中の仏教と神道」。東條英機の孫にあたる東條由布子さんの著した本です。
第2次大戦後、戦勝国が敗戦国を裁いていきました。敗戦国ドイツを裁いたニュルンベルク裁判では、被告が死刑を言い渡されると半狂乱になったり、怒ったり、嘆いたりしました。
一方、東京裁判では、東条英機たちは死刑宣告されたのに恐怖で青ざめることもなく、安らかな顔、安堵の表情を浮かべ、澄んだ顔でした。
戦勝国によって同様の理不尽な裁判をされたにもかかわらず、なぜ、ドイツと日本とでは、否、ドイツの戦犯と言われた人たちと東條たちA級戦犯と言われる人たちとで、これほどの違いが出たのでしょうか?・・というのが、この本の問題提起です。
この本のタイトルにあるように、それは仏教や神道を信仰していたから・・と単純には言えないようです。この本には、「(神道の家に生まれた)祖父(東條英機)は、巣鴨拘置所の中で初めて神道以外の宗教の神髄に出会う機会を得た。花山教誨師が説く仏教の奥義を学び、素直に感動の言葉を述べている。」とあります。彼らは拘置所内で教誨師によって仏教を授かりました。
東條たちの中には「億劫にも得難い如来の御縁を受けることができたのは、まったくこの不運(死刑)が絆となった。(このことで)心が豊かに進歩させてもらい、とても喜んでおります。」と言う人もいました。A級戦犯として死刑宣告された彼らが皆、仏教に帰依し死を前にして安心を得ている。
単に宗教を信仰しているだけで、これだけの境地が得られるでしょうか。しかも彼らはGHQから理不尽な死刑宣告をされたのです。にも拘らずです。
東條英機、辞世の句にも安らかな気持ちが表れています。
さらばなり 有為の奥山けふ越えて 弥陀のみもとに行くぞうれしき
明日よりは たれにはばかることなく 弥陀のみもとでのびのびと寝む
処刑の行われる数時間前に妻に送ったものです。
彼らには、仏教は安心できるものだという確信を得る何かがあったに違いありません。
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