×
[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。
吉田松陰、岩倉具視、大久保利通、伊藤博文、桂 太郎、児玉源太郎、小村寿太郎、乃木希典らが紹介され、近代日本が築かれていった歴史を読み取ることができます。
グローバル社会といわれ国際社会の中での日本は、どのような存在でどうあるべきなのか?ということを正しく理解するためには、日本が歩んできた歴史、あるいは、その時々に先人たちが何を考え、どのような選択をしてきたのかということを知ることが大切ですね。
さらに、現代ほど「日本人の精神の核〔アイデンティティ)」が求められている時代はない中で、本書で紹介される人物は、日本が国家としてどうあるべきか、どのような選択をすべきかということを私心を捨てて、まさに命がけで使命を全うした偉人ばかりでした。
戦後長らく、学校教育の場では近代史が軽視されてきたと言われています。そのことが我が国の大きな難点となっているのだとも紹介されています。
私は、歴史が好きな方ですが・・そういえば幕末以降の歴史は、詳しく教わった記憶がなく、これまであまり興味もわきませんでした。(単に私の勉強不足だけかもしれませんが・・
)どうも、第2次大戦後に触れられなくなったようで、日本史上の英雄といわれていた人物もGHQによって学校教育の場で詳しく(というよりも正しく)伝えられないようにされてしまったきらいさえあるのです。
あらためて日本の歴史を正しく理解し、これからの日本の在り方を問うていく必要があるように思います。
今日は、参院選に向けての活動やら準備やら確認やらでした〜
夜は、保育団体の青年の集まりでした〜
PR
親戚の葬儀がありました。
故人に愛された家族や親族にとっては寂しく辛い瞬間です。楽しく過ごした日々を思い出すと、その気持ちは増します。しかし、一方でその在りし日を偲ぶことで、故人が心の中でいつまでも生き続けていることを実感できるのだと思います。
以前読んだ本。「ブッダのターミナルケア」です。
老人ホームで終末期を迎える方も増えています。そうでなくても特別養護老人ホームは、「人生の最終ステージに生活する施設」とも言え、いわゆる「ターミナルケア(終末期ケア)」を提供する場でもあるのです。
「ターミナルケア(終末期ケア)」で最も大切なのは、安らかに安楽に最期を迎えると言うことです。
よくガン患者のターミナルケアが注目されますが、薬などによって痛みを抑えるということが取り上げられます。これは肉体的な安楽ですね。それとともに精神的な安定感や安心感が得られることものぞまれます。これは、なかなか難しいのかもしれません。
しかし、例えば、ブッダ(お釈迦様)が御在世の時にも「ターミナルケア」は行われていたのです。
「祇園精舎の鐘の声 諸行無常の響きあり・・」ご存知、平家物語の一節です。
祇園精舎は、お釈迦様御在世の時の今で言うお寺です。諸行無常の響きとは、「諸々の事象は移ろい行き常なるものはない」という意味です。
祇園精舎には実際に鐘があったようで、終末期を迎えた人に西の沈む陽を拝ませ、鐘の音をならし、世の無常を悟らせるとともに西方極楽浄土への往生を願わせたのだそうです。そうすることで精神的に安楽な死を迎えることができたそうです。
故人に愛された家族や親族にとっては寂しく辛い瞬間です。楽しく過ごした日々を思い出すと、その気持ちは増します。しかし、一方でその在りし日を偲ぶことで、故人が心の中でいつまでも生き続けていることを実感できるのだと思います。
老人ホームで終末期を迎える方も増えています。そうでなくても特別養護老人ホームは、「人生の最終ステージに生活する施設」とも言え、いわゆる「ターミナルケア(終末期ケア)」を提供する場でもあるのです。
「ターミナルケア(終末期ケア)」で最も大切なのは、安らかに安楽に最期を迎えると言うことです。
よくガン患者のターミナルケアが注目されますが、薬などによって痛みを抑えるということが取り上げられます。これは肉体的な安楽ですね。それとともに精神的な安定感や安心感が得られることものぞまれます。これは、なかなか難しいのかもしれません。
しかし、例えば、ブッダ(お釈迦様)が御在世の時にも「ターミナルケア」は行われていたのです。
「祇園精舎の鐘の声 諸行無常の響きあり・・」ご存知、平家物語の一節です。
祇園精舎は、お釈迦様御在世の時の今で言うお寺です。諸行無常の響きとは、「諸々の事象は移ろい行き常なるものはない」という意味です。
祇園精舎には実際に鐘があったようで、終末期を迎えた人に西の沈む陽を拝ませ、鐘の音をならし、世の無常を悟らせるとともに西方極楽浄土への往生を願わせたのだそうです。そうすることで精神的に安楽な死を迎えることができたそうです。
今日は、ちょっとバタバタ、せわしく、少しイライラ・・
いけませんね〜・・
そうそう、思い出したこの本。

「聖徳太子〜地球志向的視点から〜」
日本を代表する仏教学者・中村 元博士の著書です。
中村博士の著書は、結構好きなんです。宗教ともなると、個人的な解釈や持論が入ってくるものなのですが、中村博士の場合は、そういったものが殆ど入らないので素直に読めます。
この本は、聖徳太子の人物像やその時代情勢について、また、東洋と西洋の比較研究、仏教精神など、幅広い視点で書かれています。
聖徳太子といえば、隋(中国)との国交、冠位十二階の導入、そして十七条憲法の制定などなどが頭に浮かぶのではないでしょうか。まさに国家としての日本を確立させた人物といえます。
この本には、十七条憲法の全文も掲載されています。
十七条憲法というと、第一条「和をもって貴しとなす・・」、第二条「篤く三宝を敬え。三宝とは佛・法・僧なり・・」などが有名ですが、私が好きなのは第十条。
「心の忿(いかり)を絶ち おもての瞋(いかり)を棄てて 人に違うを怒らざれ
人みな心あり 心 各々 執るところあり
彼 是とすれば 我 すなわち非とし 我 是とすれば 彼 すなわち非とす
我 必ずしも聖にあらず 彼 必ずしも愚にあらず
ともにこれ凡夫(ぼんぶ)のみ 是非の理 誰かよく定むべき
相ともに賢愚なること みみがねの端なきが如し
これをもって 彼の人怒るといえども かえって我が失を畏(おそ)れよ
我ひとり得たりと雖(いえど)も 衆に従いて同じく行え」
とあります。
つまり・・
「人間同士が相争って、そこに「和」を保つことが出来ないのは、いつも自分が正しく、いつも相手が間違っていると主張するからで、もし「自分がいつも正しく偉いわけではなく、相手がいつも間違っていて劣っているわけでもない。お互い平凡な人間にしかすぎない」という自覚を持つことが出来れば、それぞれの個性を持った人間が集まっても、そこには調和が保たれ争いが無くなる。」
ということです。
この世の中は、個々によって成り立っていて、個々を尊重しながら、それぞれがそれぞれの役割を果たすことで調和を取っていくことが大切なんですね。「私が」という我(が)が出ると「思うようにならない」「他が悪いんだ」ということになってきて、ストレスが溜まり、結局自分で自分の首を絞めてしまうんでしょうね。
いけませんね〜・・
そうそう、思い出したこの本。
「聖徳太子〜地球志向的視点から〜」
日本を代表する仏教学者・中村 元博士の著書です。
中村博士の著書は、結構好きなんです。宗教ともなると、個人的な解釈や持論が入ってくるものなのですが、中村博士の場合は、そういったものが殆ど入らないので素直に読めます。
この本は、聖徳太子の人物像やその時代情勢について、また、東洋と西洋の比較研究、仏教精神など、幅広い視点で書かれています。
聖徳太子といえば、隋(中国)との国交、冠位十二階の導入、そして十七条憲法の制定などなどが頭に浮かぶのではないでしょうか。まさに国家としての日本を確立させた人物といえます。
この本には、十七条憲法の全文も掲載されています。
十七条憲法というと、第一条「和をもって貴しとなす・・」、第二条「篤く三宝を敬え。三宝とは佛・法・僧なり・・」などが有名ですが、私が好きなのは第十条。
「心の忿(いかり)を絶ち おもての瞋(いかり)を棄てて 人に違うを怒らざれ
人みな心あり 心 各々 執るところあり
彼 是とすれば 我 すなわち非とし 我 是とすれば 彼 すなわち非とす
我 必ずしも聖にあらず 彼 必ずしも愚にあらず
ともにこれ凡夫(ぼんぶ)のみ 是非の理 誰かよく定むべき
相ともに賢愚なること みみがねの端なきが如し
これをもって 彼の人怒るといえども かえって我が失を畏(おそ)れよ
我ひとり得たりと雖(いえど)も 衆に従いて同じく行え」
とあります。
つまり・・
「人間同士が相争って、そこに「和」を保つことが出来ないのは、いつも自分が正しく、いつも相手が間違っていると主張するからで、もし「自分がいつも正しく偉いわけではなく、相手がいつも間違っていて劣っているわけでもない。お互い平凡な人間にしかすぎない」という自覚を持つことが出来れば、それぞれの個性を持った人間が集まっても、そこには調和が保たれ争いが無くなる。」
ということです。
この世の中は、個々によって成り立っていて、個々を尊重しながら、それぞれがそれぞれの役割を果たすことで調和を取っていくことが大切なんですね。「私が」という我(が)が出ると「思うようにならない」「他が悪いんだ」ということになってきて、ストレスが溜まり、結局自分で自分の首を絞めてしまうんでしょうね。
待っている間に1冊読んでしまった。
テレビでもおなじみの池上 彰さんの本「親子で新聞を読む!」。
新聞を読んでいる子どもの学力は高いのだそうです。
「新聞を読むから学力が高い」のか「学力が高い子が新聞を読む」のかは証明されていませんが、OECD(経済協力開発機構)加盟国での調査でも新聞を読んでいる子どもの学力は高い傾向にあるのだから、たまたまということではないのでしょうね。
新学習指導要領にも新聞を活用した授業を実施することが明記されています。
新聞を読めば、社会の出来事が分かると同時に言葉の意味や漢字、文章力など多くの学びがそこにはあります。
・・しかし・・・なかなか出てこないなぁ~
国民が政権交代に大きな期待を寄せた結果だったのでしょう。
しかし、現在の鳩山内閣のマニフェストと政策とのブレや普天基地移設問題などの迷走ぶりに内閣支持率は急落。
ただ、問題は自民党の支持率も上がらないということ・・。
政権担当能力とは、一体どういうものなのだろう?
見つけた本が、こちら「政権力」三宅久之氏の本。
過去の長期政権と短期政権について、その裏側で起きていたことなどに触れながら紹介されています。面白いし、勉強になります。
政権力を考える時、そのエネルギー源をどこに依って立つのか。自民党政権全盛期の時は、その派閥力が良くも悪くも旺盛だったといえます。
しかし現在は、派閥の力も弱くなり、そのエネルギー源をどこに求めるかということも提起されています。
それは、熱い闘志と揺るがぬ信念をもつこと、もちろん「国の将来」を思い「国民の幸福」を念願する気持ちにおいて!